しべ桜の興味津々

第二の故郷隈府町の、菊池氏一族をただいま
勉強中です

2017年7月のブログ記事

  • 夏の菊池川上流に行ってみなっせ、涼しかよ~

    ♪貧しさに負けた~♪い~え暑さに~負けた~♪ そこで今日は涼しくなる風景をお届けいたします。 菊池川を鮎のようには遡ることが出来ないと書いたあの日に 行くはずだった滝に行って来ました。 菊池市重味滝にある産さん滝です。 滝の上流では家族連れが水遊びを楽しんでました。 でもしだいに流れが速くなり・・... 続きをみる

  • 源為朝の妻子伝説が残る神社があった!

    菊池市役所に行ってガイドブックを頂きましたよ。 菊池市史を読んで気になっていた神社が幾つかありましたから。 そう、この神社気になりますよねぇ。で、この暑い中行って来ました 菊池神社大鳥居前を過ぎたら旧道に入り石橋を渡り北上します。 数分走ると平野部が狭くなり左側に岩の崖が多くなります。 そしてこの... 続きをみる

  • 川の両側に海津見神社と綿津見神社があるのです

    七城町に海津見(わだつみ)神社があると知って興味津々、 早速行ってみました。 だって菊池は内陸部ですよ。 今月12日のブログに載せた川です。 この川下の左岸に海津見神社、右岸に綿津見神社、どちらも わだつみ神社といいます。 こちらは七城町の神社です。 創建したのは菊池武朝です。 夜毎、川の底にキラ... 続きをみる

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  • 渋江家の由来と逸材を辿ります

    菊池市隈府が第二の故郷だと言いながら、菊池に多大な功績を 残された渋江家を危うく素通りするところでした。 ♪あの日~あの時~あの場所で~♪ 雨がそぼ降る中、ふと目に留まった神社、何か気になって車から 降りて写真を撮りました。 ちょうどその時渋江宮司さんが車で来られたのです。 偶然は必然、本当にそう... 続きをみる

  • 天地元水神社の宮司渋江家は橘諸兄が始祖です!

    覚えてますか?この神社を。偶然通りかかったんですけどね。 6月30日のブログに乗せました。 この時おられた宮司さんが渋江さんでした。 7月16日に神事があるので良かったらどうぞと言ってくださり 先日、伺いました。 天地元水神とは、天にあっては国狭槌命(クニサツツチノミコト) 地にあってはミヅハメノ... 続きをみる

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  • 台城(うてなじょう)へ行ってみましょう→

    台城の足元の水田地帯です。 ここで、水島の戦いは行われました。 台城から山鹿市方面を見ると、 今川了俊が陣を置いた日の岡山が(鹿本町)見えます。 中央奥の右側の山です。この写真の道の右上に台城があるのです。 本丸はこの奥です。 このうてな台地は今は平に整地されていますが、大小の古墳が 多く存在して... 続きをみる

  • 地震、雷、火事、豪雨、災難続きの故郷たちです。

    今回の豪雨災害本当にひどかったですね。 今の日本どこに住めば安心して暮らせるのか、我が故郷も昨年地震が 起こり、甚大な被害を受けました。その4年前はやはり北部九州豪雨で 被災しています。 安心安全な所なんてもしかしたら無いのかも? でも、故郷は何があっても故郷です。例え住めなくなったとしても 心の... 続きをみる

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  • 菊池武朝申状 後編 仍て言上件の如し

    さて、今日は武朝申状のご紹介でしたね。 漢文体で書かれていたそうです。 菊池市史に掲載してある読み下し文を紹介します。 武朝の心中を察して難解な漢字にめげることなく読んで下さいね。   ※ 菊池右京権大夫武朝申す代々の家業の事 右今度勅使、将軍の宮に申さるるが如くんば、当家の忠孝は、元弘の 忠志に... 続きをみる

  • 菊池武朝申状 前編 侮られてたまるか

    北部九州が今大変な事態となっていますが、熊本に居る身としては 一日も早く収まり元の暮らしに戻られることを切に願っております。 では話をさせて頂きます。 あの南北朝動乱はあまりにも長すぎました。 足利将軍義満の時代1392年にやっと合一します。 しかしその動きは10年以上も前から始まっていたのでした... 続きをみる

  • 嵐に翻弄される樹々を見ていて想うこと・・

    いきなり台風がきました。写真では良く分からないですが、 左右に大きく揺さぶられる樹々たちです。 自然には逆らえないと、つくづく思い知らされますよね。 でも翻弄するのは自然ばかりではないことは皆様ご承知のはず。      故郷に今夜ばかりの命とも             知らでや人の我を待つらん こ... 続きをみる

  • 懐良親王の晩年は筑後矢部でも御陵は八代?

    八代市にある懐良親王御陵です。 明治11年に公式に認められたそうです。 亡くなられた場所とお墓がだいぶ離れているのに何故でしょうか? 涼し気な川と緑あふれる山に囲まれた静かな所です。 天皇の勅使が御陵参拝後にこの石段を上って悟真寺に行かれたとか。 説明板によると、良成親王の命で菊池武朝が懐良親王の... 続きをみる