しべ桜の興味津々

第二の故郷隈府町の、菊池氏一族をただいま
勉強中です

武重の奮戦、奮闘は続くのですが・・

武重が兵をあげた寺尾野城は、のちに大圓寺となり、現在は
神社となっています。

入口に印塔が建てられていました。

神社のすぐ後ろは崖がせまっています。

石垣が昔は城塞だったことを教えてくれます。


武重は戦い続けます。
一色氏を追い払ったあと、弟八郎武豊を筑後に進出させます。


武豊は探題、一色氏の軍勢を何度も打ち破り、ついには
筑後を平定しました。 あの兄にこの弟あり!


武重はすぐ目と鼻の先にいる合志氏を攻めていましたが
三ヶ月もかかりました。


しかし、探題方から援軍が来たために、菊池にいったん
さがります。


合志城は県下でも有数の中世の城で、武重も苦戦したのです。


足利方は探題救援のため少弐頼尚を九州に戻します。


頼尚は、武家方を招集するのですが、名分の立たない戦いが続く
ことに、戦意も上がらず、なかなか集まりません。


やっと兵を揃えて菊池の稗方原で戦いますが、落とせず
甲佐と八代にも出向きますが、ここもだめで、海路にて
筑前に帰ります。

何のための肥後出撃か、結果が出ないままでした。


寺尾野大圓寺の境内に、十四代武士(たけひと)が詠んだ
詩が碑に刻まれています。
           
    袖ふれし 花も昔を忘れずば
             我が墨染を あはれとは見よ


若くして、次に家督を譲った武士は出家して、三十年後に
寺尾野にふと立ち寄った時に詠みました。


もう兄武重は居ません。


武重は生前、菊池家を守り抜くため、一門のあいだの
決めごとを、重臣たちと作りました。


それが、武士を苦しめたのでしょうか・・


通称、ほたる草です。もうそろそろ、ホタルが舞う季節ですね。
では。